
ざわついている。人たちの喧騒を背中に背負い、拠点をゆらゆらと歩いていた。
情報収集、手持ちのものの取引、憶測や推測――ありとあらゆるものが飛び交う中を、特にアテもなく歩いている。人々のざわめきは好きではないが、それと久々の他人の気配を感じることは必ずしも一致しない。
どうしようもなく孤独だ、と感じたとき、何もしないでいたい、思考を切り離したい、というときに、こうやって歩き回るのはよく聞いた。“生前”からそうだった。
(人が多いというのは。これほどまでに安心できる要素だったのか)
必ずしもそうとは限らない。もはや拠点ですら完全な安息の地ではなくなり、何者かの思し召しで戦わざるを得ない相手が見つかるようになっている。それでも必ず物が買え、誰かの拓いた何かに挑むことができるのは、まあ――十二分にプラスのままだろう。
ぴんと立てたそれは、自分としては触角であるという認識をしていたが、他人から見れば耳だろう。どのみち感覚器であることに変わりはなく、耳としての役目も果たせるものだから、否定はしなかった。この場所においては、常に耳を立てていても何ら不自然ではない。情報過多であると感じたら、受容側をシャットダウンしてしまえばよいともまた知っていた。
「あ」
「ん」
「スズヒコさん!買い物してたの?」
特定の声を捉えた感覚器がそちらを向く。
ようやく合流の叶った主従の片方。幼い思考と外見、言動の裏に、確かな芯を持つ主人。だからこそあの男が仕えていて、だからこそ_して欲しいと頼んできたのだろう、主人。
「いいや。俺は大したことはしていないよ。思考を整理するとき、何となく歩くといいことが思いついたりする」
「……要するに散歩ってこと?」
「そうとも言うね」
食い破って出てきたら。
顔を突き合わせて通信した限りで、の話だが。まだきちんと顔を向かい合わせて話をしていないから、推測に過ぎないのだが。
いよいよその時は近づいている気がしたのだ。フェデルタですら感づいているのだから。
「……荷物、持とうか。なんなら俺に乗ってもいい」
「いいの!?」
「いいよ。そのくらいの融通はするさ」
声に応じてぬるりと現れた獣が頭を下げる。跨る様子を見、それからゆったりと歩き始める。人の中で何かを取りこぼすことがないように、ではなく。
話しかける機会を伺うために。
「そういえば……みんなで、お茶会しようって話があったでしょう」
「うん!僕、すごい楽しみにしてる」
「――そうだね。俺もだ。君に話したいこと、話さなければならないこと、いくつかある」
自分のこと。フェデルタ。――あの従者のこと。
大人は平然とズルをする。グノウ・スワロルドも、あの時明確にズルをした。本来この情報は、自分だけが知っていていいものではない。それを自分だけに握らせることを、あのとき同行の対価としていた。
だが、もうそれも期限切れだ。その時が近づいている以上、手の内を明かさないという択はなかった。元より罪を重ねてきたらしいが、その罪を更に上塗りするつもりはない。やるのであれば正当に、そして正直に。――旅慣れた子供であれば、いくら従者がついていようと、“子供”として扱うつもりはなかった。一色迦楼羅“個人”として接さなければ、この問題はおそらく解決しない。
「君の従者は元気かい?」
「あ……」
ほんの少し声が陰る。知っている。あの従者は呪われていて、それを解くために旅をしているのだと。そして従者は、よりにもよって赤の他人に、“そのとき”を託してきた。
「元気……だと、思う。たぶん……」
「根拠は?」
「う……」
大人げないな、と思う気持ちを遠くへやった。遠くへやらなければならない。
「……」
「何か不都合なことでも起こっている?」
問い詰めなければならない。
ひとつ、従者と約束したから。機を図るために、正しい状態は把握しておく必要がある。
ひとつ、彼は“個人”だから。他人の従者を無許可で殺せば、それは純然たる罪だろう。
ひとつ、彼を“個人”にするから。
主人を連れ回して歩いている以上、許し難いのだ。
お前にとっては確かに尊ぶべき、上の者であるかもしれないが、そういう慢心が一番嫌いだ。
尊ぶべきものに、何も伝えないことこそが。己の犯した過ちと、何一つ寸分の狂いもなく一致する。あの時どうしようもなく選択したことを、どうにかできる状況で選択してやるほど、他人に甘くできてはいなかった。
「……グノウ、手が前より冷たくて……」
「体温の低下は……今の状況ではあまり良いことではないね」
「それに、なんだか……、……」
「……抽象的な言葉で構わないよ。解析するのはこちらだから」
そもそも、あの従者はどうにもいけ好かないと思っていたのだ!自分の思考がクリアになればなるほど腹が立ち、だからこそ絶対にお前の望むようになどならない、させないという意識が強くなる。お前の望みなど叶えてくれるか、未来があるのは主人の方だ――そう言えば建前だって成立する。
そもそも、殺すということはどのようなものを指すか、しっかりと聞いた覚えがない。私を殺してくれとは聞いたが、グノウ・スワロルドを殺してくれとは聞いていないのだ。そういう屁理屈ばかりうまくなったなと思いながら、静かに言葉の続きを待った。
「……なんだか、怖くて……僕、どうしたらいいのか……分からない……」
恐怖とは、すなわち不安であり、不安を生み出したのは恐らく変化だ。この特異的環境において、変化したとき最も恐怖を覚えるものは何か?――それは、身近な存在だ。
「うん。それだけ分かればいいとも。本格的に彼と向き合わなければならないね」
「……スズヒコさんは、呪いとかには詳しい?なにか、」
「あいにく言うほど詳しくないよ。俺のいた世界ではあんまりメジャーなものではなかった。それより、俺は君に言わなきゃいけないことがある。君の従者について」
残酷なことをすると思われるだろうか。
それともどうだろう。従者に絶望するだろうか――それはきっと、ない。
「グノウの……?」
「簡潔に言うね」
一拍置く。口を開く。
「ざっと半日前……もうそんなになるのか。半日前だ。俺は、君の従者にこう言われた。『この呪いが私を食い破って出てきたら、私を殺してくれると約束してください』と」
「……!」
「そして承諾した。だからこそ聞くよ、一色さん。あなたはどうしたい」
解答が今すぐあるとは思えなかった。酷な言葉を突きつけていることは分かっている、が。これをなあなあにする方が、自分の感性の中ではひどいことだ。
沈黙を保ったまま、ゆったりと足を進めていった。
雄弁は銀、沈黙は金という言葉がある。
もしかすれば、伝えないことこそがあの住所に取っての金、すなわち最善だったのかもしれないが、最善の定義は人によって異なる。それが親しい関係であったとしてもだ。
答えはいつでもいいけれど、可能な限り急いでもらったほうがきっといい。そう伝えて一色迦楼羅と別れ、今は静かに持ち物の整理をしている。
もうすぐ一日が経ってしまうのかと思うと、何も言えなくなる。自分たちは残された半日で、答えにたどり着けるのか?
「先生。忙しい?」
「割と。お前が来た頃と違って、ここももう安息の地ではないしね」
戦わなければならない。頭を使わなければならない。そもそも、あまり人の多い場所は好きではない。
落ち着いて話ができる環境が、歩きながら、移動しながら、というのも変な話だと思ったが、それはインドア派だからこその発想なのだろう。外のほうが静かなことはままあり、今なら周囲に誰かいないかくらいはすぐに分かる。
「そう。じゃあ外に出てから話すことにするよ。ぼくは結構居心地がいいんだけどなあ、ここ」
「それは何より」
「ちゃんとここが拠点として安定しているからかな」
「……で、何。無意味に訪れたわけでもないでしょう」
もっと言ってしまえば、ここでも別によかった。自分の領域を作り出す力が確かに戻ってきていて、今からここに自分と誰か以外を完全にシャットアウトする場を作り出してしまってもいい。いいといえばいいのだが、戦いが控えている。あまり無駄なことはするべきではない。
「ちゃんと聞いていなかったなと思って」
視線だけやる。
どうしてこの生き物を拾ったのか、それは当時の自分に聞いてみないともう分からない。それが導きだと言うのなら、それはそれ。確率も運命も信じないことにしていたが、信じなければ説明できないものはどうしても存在する。
その一つが間違いなく、これだった。
「ぼくは確かにユーエがいるとは言ったけど、先生が会ったユーエじゃない。だから別に放って置いてもいいんじゃない?とも思うわけ」
「……答えは決まっているよ、パライバトルマリン。それでも聞くか」
「うん。大日向先生に届ける必要があるから。」
確率の壁をぶち抜いてきたものが複数ある。それはなんとなく把握していて、そのうちの一つが目の前にあり、そのうちの一つがどこかにいるらしい。そして、それは今でも強引に確率の壁を超えようとしていて――いや、確率の壁を超えることを生業にでもしているのだろうか。そういう予感がした。
言ってやるのも癪な問いかけをしてくる辺りとか、本当にそうだ。
眉根を寄せ、不機嫌な顔を作ってから言った。
「同じ顔がいいようにされて動かない親だと思ったのか」
「……ううん」
「話は終わりだ。俺は忙しい」
「はーい」
すいと離れた姿がふわりと見えなくなる。ターゲットにならないようにああして隠れているという話だったが、ついてきているのでは大して変わらないのではないか。それとも、どうなのだろう。
残されている時間は少ない、ということを改めて認識する。体感時間にしてもう半日ほどで、恐らく終わってしまう、ということが、どれだけ――そう、どれだけ、大きな意味を持つのか。自分たちだけでなく、あの主従にも。
故に、考えなければならなかった。
(――最善の選択)
死とは、基本的に一度きりだ。
だからこそ、軽率に選べない。
死とは、最後の切り札だ。周りを傷つけながら放つ、最期の切り札。
そして、周りが傷ついたということを、数多くの死者は知ることなく死んでいく。
(俺たちは……そう決定されたなら、絶対に躊躇わない)
死こそ、最も重い呪い、あるいは枷となり得る。周りに恵まれていればそうならない、という保証は全くどこにもない。妄執に囚われた人間は、何をしでかすかわからない。
望まない形で終わり、望まない形で始まってしまうのは、何よりも虚しいということを、己の身で、心で、よく知っていた。
あれは死んだことがないからこそ言える言葉だ。
(……フェデルタも気づいてる。何か、コンタクトを取ったりしただろうか。……あとで聞いてみるしかない)
最悪の中から最善手を選ぶことには慣れてしまった。だからこそ、そうでないから、あの従者の言葉をそのまま飲み込むわけにはいかず、理由を作り、正当な弁論を考え、意見する――それが物理的な手段になったとしても。
一人で出せる答えは、それがせいぜいなところだった。何よりまだ、肝心要の、雇い主の答えを受け取っていないのだから。その間が濁されるようであれば、それまでのことだ。

[860 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[443 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[500 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[193 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
[400 / 500] ―― 《大通り》より堅固な戦型
[320 / 500] ―― 《商店街》より安定な戦型
[225 / 500] ―― 《鰻屋》より俊敏な戦型
[161 / 500] ―― 《古寺》戦型不利の緩和
[91 / 500] ―― 《堤防》顕著な変化
[144 / 400] ―― 《駅舎》追尾撃破
[5 / 5] ―― 《美術館》異能増幅
[129 / 1000] ―― 《沼沢》いいものみっけ
[100 / 100] ―― 《道の駅》新商品入荷
[221 / 400] ―― 《果物屋》敢闘
[28 / 400] ―― 《黒い水》影響力奪取
[92 / 400] ―― 《源泉》鋭い眼光
[58 / 300] ―― 《渡し舟》蝶のように舞い
[64 / 200] ―― 《図書館》蜂のように刺し
[51 / 200] ―― 《赤い灯火》蟻のように喰う
[23 / 200] ―― 《本の壁》荒れ狂う領域
[14 / 100] ―― 《珈琲店》反転攻勢
―― Cross+Roseに映し出される。
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エディアン 「・・・・・・・・・」 |
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白南海 「・・・・・・・・・」 |
エディアン
プラチナブロンドヘアに紫の瞳。
緑のタートルネックにジーンズ。眼鏡をかけている。
長い髪は適当なところで雑に結んである。
白南海
黒い短髪に切れ長の目、青い瞳。
白スーツに黒Yシャツを襟を立てて着ている。
青色レンズの色付き眼鏡をしている。
久しぶりにチャット画面に映るふたり。
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エディアン 「お、お久しぶりです皆さーん・・・」 |
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白南海 「・・・どーも、どーもー。」 |
引きつったような表情。
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エディアン 「お・・・おや・・・浮かない顔ですねぇ。 何か、ありました・・・?やっぱりありました・・・!?」 |
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白南海 「えぇ。・・・・・虫が少々。」 |
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エディアン 「・・・・・奇遇ですねぇ。私も虫が・・・・・・・・・いっぱい。」 |
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白南海 「・・・こちらも、実は・・・・・いっぱい。」 |
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エディアン 「・・・・・・・・・」 |
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白南海 「・・・・・・・・・」 |
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エディアン 「さ、さぁ・・・・・しっかりこの役目を果たしましょうか。」 |
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白南海 「えぇ・・・・・仕事をサボるのは良くないことっすよね。・・・いやほんと。」 |
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白南海 「そういえばアレ、えっと・・・・・アダムスだっけ?あれが――」 |
不自然にチャットが閉じられる――